センチメンタルプレサマー


言えなかった。
言わなかった?
――言おうと、してなかった。多分そういう事。



「いやー今年もいい感じな夏になりそうだねーぇ」
「まだ五月だよ、歩ちゃん」
「だってもう夏じゃん。25℃超えたら夏日でしょ。今日のサイコー気温27℃とか言ってたじゃん。余裕で夏じゃん」
「……」
「ちなっちゃんって、ひょっとして夏ってあんまり好きじゃない?」あははと屈託なく笑って、彼女の明るい茶色の髪が湿り気を含んだ風に揺れる。「夏ってじめっとするし熱いし匂いとか直ぐ籠るしぶっちゃけ確かにうっざいよねー分かる分かる。でもさーやっぱ夏休みとかあるし、花火大会とかあるしー……あーねえちなっちゃん、今年の花火大会さぁ、一緒に行かない?しょーこちゃんがねえ、出来れば皆で行きたいねって話してて……」
どこかじっとりとした空気。風は噎せてしまうくらいの緑のにおいを運んで。なのに、空はどこまでも青くて。
『そんなこと、ないよ。私、夏は、好き。だって私の名前にも夏ってあるし、嫌いになんてなれないよ』
言葉は出来あがっているのに。
言えばいいだけなのに。
去年までは、きっと、こんな話題、いつもみたいに。


なつがおわって、あのひとはいなくなってしまいました。


家に帰って、しばらくして、外が暗くなって、ご飯食べて。宿題を適当なところで放置して、そろそろ寝ようかなって時になって。
何故か、携帯が光った。ぺこぺこなないろに。クラスの子かなって何気なく携帯を開いて、そこに並ぶ名前に驚いて――それで、呆れた。
『よ』
「よっ……て、何」
『よはよ、でしょ。……あれ、電話しちゃまずかった?』
「別に、そんな事……ないけど」
『そんな事ある』
「どしてそう思うの」
『千夏、声暗い』
「……もしもそうだったとしてもさ、ケイゴ君にはあんまり関係ない事じゃない?っていうかむしろケイゴ君こそ、電話して大丈夫なの」
『んー今は暇だし』
「暇だし、って……」

ケイゴ君。

家がお隣さんだった男の子。幼馴染。私より四つ上だから、『ケイゴ君』ってよりかは『ケイゴ兄』って呼んだほうがいいのかもしれないけど、私は彼のことをケイゴ君って呼んでる。昔からとにかくアグレッシヴで、思い立ったことにはとにかく一直線で、あんまり振り返ることはしないけどでもそれなりに誰かのことは気遣えて、とにかくそんな人だったから――『俺世界一のロックシンガーになるんだ!』みたいな事を言い出して数年で、ケイゴ君は都心に出てっちゃったのだった。私が先輩に言おうか言わないかって迷ってるうちに、ケイゴ君はお隣さんの幼馴染からテレビの向こうのアーティストに大変身を遂げてた。バンドのメンバーと(いつの間にか組んでたらしい)出したシングルがうっかりヒットしちゃって、それでいてインタビューに対する姿勢なんかも結構受けがいいらしくって、今じゃバラエティに歌番組にラジオに引っ張りだこらしい。

私が先輩に言おうか言わないか迷ってるうちに。

『――なつ、千夏?』
「あ、ごめん」
『マジでどしたよ?何か嫌なことでもあった?ひょっとしていじめ……』
「そういうのは、無いから。大丈夫」
電話の向こうで、息を呑む音がした。私自身も、ちょっとびっくりしていた。こんなに強くて冷たい声が、出せてしまう、なんて。

『……千夏』
「……なに?」

おずおずとした声。
私も、おずおずと返してしまう。だけどケイゴ君は、二言目にはからっとした響きの声に戻るんだ。それが、結構、凄くて、ずるい。

『七月になったら、俺実家戻るわ』
「え!?」
『いやもーね、めちゃくちゃ引っ張りだこでね!バンドのメンバーとも話してさあ、そろそろ自由な時間てやつを満喫するべきだと思って。俺たち。今のスケジュール全部片付けても七月まで暇にならねえんだけど、七月になったら――夏になったら、俺、お前んとこ、戻る』
「……な、なんで急に」
『千夏がよけーな事考える必要なんてどこにもねーからな!ぶっちゃけ俺の勝手?いやさ、俺ね、夏好きなのよ。お祭りとか花火大会とか夏休みはもう無いけど。んで、そういう好きな季節はね』

馬鹿って、小さくつぶやいて私は携帯を折りたたんだ。
でも――その呟いた口元が緩んでいたことを、私は知ってる。

開けっ放しのカーテンが、湿り気を帯びた風に身を任せて、
ゆらゆら、ゆれていた。


”好きな季節は、一番ほっと出来る所で過ごしたいんだよ。”




――"Please tell me."the end.




-Powered by HTML DWARF-